2007年03月11日

米による支配

紀元後3世紀には卑弥呼(ひみこ)を女王とする倭国(わこく)、すなわち邪馬台国(やまたいこく)が誕生しています。このころ、稲作栽培の農業社会もほぼ完成されていたと考えられます。 日本には、稲作農業が始まった古代から、米を中心とする社会ができました。米栽培の共同労働、農村共同体、水の管理から生まれた結(ゆい)という共同体などが、日本の社会のきそともなっています。米は日本人の心の支えとなり、さらに支配する力を持つものにもなっていきました。
また、米は1つの種から7本もの穂ができ、7本のそれぞれに270粒の実がつくので、たいへん多くの収かくができました。このため米を持つものは、富(とみ)と権力をとても早く持てたのです。後には、米の大量生産により、社会的にますます持つ者と持たない者の差が開き、その間の戦いが起きていきました。 米の争奮戦は、そのまま日本の歴史となり、農地(領土)のうばい合いをくりかえす時代が続いたのです。
このように、米は生活と経済の基本でした。武士が天下を支配できたのは、武士が米の生産者でもあったからです。しかし、江戸時代には商人(しょうにん)があらわれ、米相場(こめそうば)を決めて日本のけいざいを支配したのです。以後、日本の文化は町人文化にうつっていきました。

posted by おこめたん at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 米の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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