2007年03月11日

不作の年には一揆も

江戸時代までは、稲の品種改良が進んでいきましたが、災害や害虫に対する知恵は不足しており、虫送りや鳥追い、風祭り、雨乞い(あまごい)という行事で無事を祈るしか方法はありませんでした。それゆえに、災害による凶作の年も多く、餓死者(がししゃ)もつぎつぎと出てきました。 このため、領主に対して反乱をする百姓一揆(いっき)が起こるなど、社会的な不安もまねきました。
posted by おこめたん at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 米の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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